リレーや箱根駅伝などの競走の場で5、6人を連続的に一挙に抜き去る時に「ごほうに抜きです!」などといた言葉をよく聞きますね。
その【ごぼう抜き】ということばですが、何故ゴボウが使われているのでしょうか?
そういわれるとよく知らないほんとうの「ごぼう抜き」の意味と語源・由来とは?
と駅伝などでの「ごぼう抜き」の使い方が、誤用で間違いといわれるのは何故かなども見ていきたいと思います。
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【牛蒡抜き(ごぼうぬき)】意味
ごぼう抜きの意味は、こういったものがあります。
1.草などの根を勢いよく引き抜くこと。また、そのように引っ張り上げること。
2.デモの座り込みの中から、無理やりに連れ去ること。
3.人を(人事の異動などで)無理やりに引き抜くこと。
4.釣りなどで針にかかった魚を一気に引き上げること。
5.(競走などで)一気に何人かのものを追い抜くこと。
現在、なじみがあり、一番多く使われている意味は、
5.の「一気に何人かのものを追い抜くこと」ではないでしょうか?
このようにみてると「ごぼう抜き」の意味は、
もともとの草などの根を勢いよく引き抜くことのほかは、派生した意味として
大きく、分けて
魚やものなどを一気に引き抜く(引き上げる)こと。
大勢の人の中から人材を引き抜くこと。
競走で次々と追い抜くこと。
のような3つの形容的な意味があることがわかります。
【ごぼう抜き】語源・由来とは?
ごぼう抜き(牛蒡抜き)の語源や由来とは、もちろん「ゴボウを抜く」という行為です。
牛蒡(ごぼう)は、畠にぎっしりと生えています。
そして細く長くまっすぐに土に埋まっています。
このような牛蒡(ごぼう)を抜く時の特徴的なことが、
・ぎっしりと植わっている故に一度につかんだのでは抜きにくいため、一本一本連続して抜くということ
・他の野菜に比べてまっすぐで細いため、長さのわりには、容易に抜くことが可能である。
・逆に、ごぼうの品種や地域によっては、抜きにくく大変であるが故に無理やりにでも一気に抜いてしまう。
といったことがあります。
そのようなことから「ごぼう抜き」が語源となって派生した意味が、
もともとの引きあげるといった意味から
大勢の中から一つ一つといった意味、
そして無理やりに、容易にできる、一気にやる、といったことが「ごぼう抜き」ことばの意味の適用範囲となったのですね。
「ごぼう抜き」を駅伝などに使うのは間違い?
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そのような「ごぼう抜き」ということばですが、現在、一番使われているんは、競争とかで次々と何人も追い抜いていくという意味ですね。
もともとの「ごぼう抜き」の転義は、ごぼうを土の中から引き抜くように大勢の中から一人ずつ順々に引く抜くことで、デモ参加者が機動隊に排除される様や、ヘッドハンティングのように人材を引き抜くことでした。
そういったことから、「追い抜く」と意味はまったくないことからも誤用であるといったことがいわれます。
その使い方からすると「ごぼうを抜くときのように」といったことの意味ですので、「何人も追い抜いていく」といった順番といったことの意味が含まれていないということです。
ですが、現在箱根の駅伝などの実況にアナウンサーが多用している「ごぼう抜き」といったことばは、それを聞いた人も「何人も追い抜いていく」以外の違った意味でとらえることもほとんどないですね。
このように大勢の教養ある人たちが当たり前のようにつかっていることばといったことになります。
「ごぼう抜き」を「何人も追い抜いていく」と使うのは、本来の伝統的な用法からは外れているとはいえ、この新しい用法をもはや誤用・間違いとは言えないと思います。
しかもごぼう抜きの意味に「何人も次々と追い抜いていく」といった意味があるとすれば、ごぼうを次々に抜いていくといった連続性の意味においても本来の「ごぼう抜き」との関係はつながっているともいえます。
ま と め
「ごぼう抜き」の意味と語源とはを何故ゴボウを抜くといったことばが基になっているのかや誤用で間違いではないかなど見ていきました。
「ごぼう抜き」といった言葉の語源は、ごぼうを抜くといった作業の特性から来ている言葉でごぼう以外の生き物や人にも広げられたといったことでした。
もともとの意味からすると誤用かとも思われる「ごぼう抜き」の「次々に追い抜いていく」といった意味も現在のように多くの人が当たり前のように使っていることからいってももはや誤用とはいえないです。
この「ごぼう抜き」はゴボウを土の中から一気に引き抜くときのような気持ちよさをともなってなにかを連続的に「抜く」ことをいうようになったのですね。
ちなみにごぼうは、漢字で書くと牛蒡です。
「午」ではなくて「牛」と書いて「ご」と読むのです。
この漢字を使うのは、ごぼうが、牛のしっぽに似てるからこの漢字を使うようになったそうです。