七夕のお願い事!保育園で親が願い事を書く時の例文(1歳・2歳等)

七夕が近づいてくると

保育園や幼稚園でも笹飾りに短冊を飾るイベントが多くなります。

0歳、1歳、2歳のお子様の場合は、まだ自分で書けないので保護者の方が

代わりに書かなければいけない場合がよくあります。

しかし、そんな時なんて書けばいいかわからない親御さんは意外に多くいます。

そんな時におすすめの七夕のお願い事の書き方や例をご紹介します。

3歳から6歳児くらいのお子様の七夕のお願い事例はコチラ



七夕のお願い事!幼稚園児のかわいい願い事例【年少・年中・年長】



スポンサードリンク
 

七夕のお願い事例!親がかわかりに書く場合【0歳児】

七夕 お願い事 保育園 親が願い事を書く時 例文  0歳 1歳・2歳
0歳の場合はまだお子さんも喋れないので、

親御さんが代わりに書くことになります。

そんな時のお願い事としておすすめなのは、

「毎日元気に過ごせますように」

「優しい子になりますように」

「健やかに成長しまうように」

です。

このような親として子供のすこやかな成長を願う気持ち

ストレートにでるものになるのではないでしょうか。

 

 

七夕のお願い事例!親がかわかりに書く場合【1歳児】

1歳児のおこさまの場合ですがそのころになると

中には話し始めるお子さんもおられますます。

もし、

お子さんが自分のお願い事を言えるのなら

それをそのまま素直に書いてもいいでしょう。

やはりまだまだ言葉が出ないという場合は、

親御さんがお子さんの意向をくみ取ってあげて書くのもいいのではないでしょうか。

例えば、

1歳のお子さんに人気なのがアンパンマンです。

中には、

「アンパンマンになりたい」と自分で普段いっている子もいるでしょう。

その時はそのまま短冊にかわりに書いてあげればいいですね。

とても子供らしい素直な可愛いおねがい事になります。

アンパンマンが好きだけど言葉では言えない場合は、

「アンパンマンに会いたいね」、

「アンパンマンミュージアムに行きたいね」

などお子さんに簡単に話しかけてみて嬉しそうにするなら

「アンパンマンに会いたい」、

「アンパンマンミュージアムに行きたい」

など書いてあげてもいいでしょう。

他にも

「動物園に行きたい」

「ドラえもんに会いたい」

「トーマスに乗りたい」

などがあります。

また、何が好きかわからないという子には0歳の短冊のように

親御さんの子供に対する願い事を書くというのもアリです。

例えば

「お友達がたくさんできますように」

「色々なものが食べられますように」

「夏休みにおじいちゃんとたくさん遊べますように」

などがあります。

 

七夕のお願い事例!親がかわかりに書く場合【2歳児】



スポンサードリンク

2歳になると

「魔の2歳児」とも言われるほど自己主張が強くなります。

 

お願い事に関しても

自分ではっきり言える子が多いので、

そのまま書くと子供らしくていいのではないでしょうか。

 

例えば

「仮面ライダーになりたい」

「プリキュアになりたい」

「ワンワンに会いたい」

「おばあちゃんちに遊びに行きたい」

などといったお願い事がでてきたりします。

七夕 お願い事 保育園 親が願い事を書く時 例文  0歳 1歳・2歳
中には

「カブトムシになりたい」、

「怪獣になりたい」

といったりするお子さまもおられますが、

そんなお願い事の場合は、

そのまま書いてももちろんいいですし、

親御さんが

「じゃあ今度捕まえたいね」

「怪獣のおもちゃいいよね」

と言って少しアシストして

「カブトムシを捕まえたい」、

「怪獣のおもちゃが欲しい」

といったお願い事として

記入してもいいですね。

 

その他にも

親御さんからのお願い事としては

「早くお兄さんパンツが履けますように」

「お友達と仲良くできますように」

なんていうのもあります。

 

ま と め

七夕の短冊にお願い事を書かなければいけないとなると、

硬く構えてしまい、何を書けばいいかわからないという親御さんも多くおられます。

でもあまり深く考えなくても思っていることを素直に書けば大丈夫です。

1歳児や2歳児のお子さんでも意思表示できる場合

そのまま書くといいです。

その方が子供らしい可愛さがあって思い出にも残ります。

まだ意思表示が難しい場合親御さんの願いを書いたり、

お子さんの意向を読み取って書いてあげるとお子さんも喜びます。

参考にして頂いて七夕のおまつりをたのしんでくださいね。

2018年お盆休み期間はいつ?旅行に行くなら?【会社・銀行・郵便局等】

毎年、はやめに予定たてとければよかったと思う。

夏休みの旅行の計画ですが、やはり大切なのはお盆休みの期間です。

例年、お盆休みは帰省や旅行をする方が多く、公共の交通機関が混雑しますね。

やはり重要なのは、会社の夏休みであるお盆休みがいつからいつまでの何日間かということを踏まえて

はやめ、はやめの計画ですね。

お盆休みは、もちろん会社や勤め先のよって異なりますが、

おおよそどれぐらいになるか企業・病院・銀行・郵便局なども含めて検証してみました。

小学校や学校関係の夏休み2018年はコチラ


小学校の夏休み2018年はいつから?幼稚園・中学・高校や大学の期間は?



スポンサードリンク
 

「お盆休み」「山の日」とは?2018年の期間はいつ?

お盆休み 期間 夏休み 会社 いつから いつまで 旅行 会社 銀行 郵便局 等

■お盆休みとは?

そもそも日本にはお盆休みというのがありますが、

他の国ではどうかというと、存在しません。

「お盆休み」は日本特有のお休みなのです。

ではどういう意味合いがあるのかというと、

お先祖様をお迎えして、またお送りする期間です。

ご先祖様は子孫を見守ってくれる大切な存在です。

そんなご先祖様が現世に

帰ってこれる日が、8月13日のお盆の日です。

この日にお迎えして、おもてなしをし、

8月16日にまたお送りする

というのがお盆の習わしです。

祖先の霊を祀る「盂蘭盆会(うらぼんえ)」

に由来しています。

お盆の期間は、

一般的に8月13日から8月16日の4日間です。

 

そのお盆の期間にお休みがあるといったことが、

日本の風習としてあるのですね。

多くの会社が、このお盆の時期を夏季休暇にしています。

週末と絡むと連休が長くなり、大型の連休となります。

ですので毎年帰省や旅行などの計画を立てるのに

その年のカレンダーの日程は気になりますね。

 

■山の日とは?

さらに2016年から新しい祝日として、

8月11日に「山の日」ができました。

「山の日」とは、

日本山岳会という団体の働きかけによってできた祝日で

「山の恩恵に感謝する日」です。

この「山の日」ができたことで連休が長くなる方おられますね。

 

「山の日」が何故できたのかなどはコチラの記事をご覧ください。


山の日はいつから祝日に?理由と由来についてやイベントを調査

 



スポンサードリンク
 

■2018年のお盆の日程

では2018年の日程はどうなのかというと

8月11日(土)山の日

8月12日(日)

8月13日(月)~ 8月16日(木)お盆

となります。

カレンダー上の休みは、日と祝日である山の日です。

そして、2018年は、山の日が土曜日となっていますので、

8月11日(土)山の日、8月12日(日)

は、カレンダー上でもお休みです。

土曜日はもともとお休みの会社が多いので、祝日の「山の日」が重なってしまっていますね。

では、会社や病院、銀行やどのお休みを見ていきたいと思います。

 

2018年お盆休み期間はいつ?旅行に行くなら?【会社・銀行・郵便局等】

2018年(平成30年)のお盆休み期間【企業別】

一言にお盆休みといっても企業や勤め先によって長期休暇の期間は異なります。

では、具体的にいつからいつまでが

お休みになるのか企業別におおよその期間を調べてみました。

 

■行政機関・銀行・郵便局等の2018年のお盆休み期間

市役所などの行政機関や銀行・郵便局は通常のカレンダーのとおり、

8月11日(土)・12日(日)だけのお休みとなります。

確かに行政機関や銀行までお休みになってしまうと色々と手続きができなくなったり、

入出金がうまくできなかったりと困ってしまいますが、

働く側としては大変なようです。

しかし、その代わりに期間をずらして

交代で長期休暇をとる場合が多く、

窓口自体がお盆期間に閉まって

長期休暇になることはありません。

 

■会社【大手企業】の2018年のお盆休み期間

次に福利厚生が手厚い大手企業の場合は、

8月11日(土)から19日(日)までの9連休

となるところがあるようです。

これだけの長期休暇となるとやはり、

海外旅行を考える方が多いと思いのではないでしょうか。

 

■会社【一般企業】の2018年のお盆休み期間

そして多くの一般企業の場合の2018年の夏休みは、

8月11日(土)から16日(木)までの6連休

となる会社が多そうです。

ただし、販売などのサービス業は逆に稼ぎ時なので、

休むどころか営業しており、働いている方々は交代で別の期間に

お休みをとるようです。

 

■病院の2018年のお盆休み期間

次に病院関係はどうなのかというと、

基本は、

カレンダー通り日曜・祝祭日のお休みです。

ですので、

8月11日(土)・12日(日)

になります。

特に総合病院などの大病院では、

医師の数もある程度いるので

お盆休みはなく、

個人個人交代で休みます。

確かに事故や病気に休みは関係ありませんから、

病院としては長期休暇は年末年始ぐらいのようです。

ただ、個人院の場合は、

院長次第なので土日を含めて5・6連休になる場合もあるようです。

 

旅行にいくなら?人気スポットは?

といったことで、多くの方は2018年のお盆休みは6連休となるところが多そうですね。

そうなるとやはり旅行に行きたくなります。

ではどんなスポットが人気なのでしょうか。


スポンサードリンク
 

2018年の旅行先の人気スポット【第1位】

 ■沖縄

やはり、家族旅行やカップル・グループ旅行で人気が高いのは沖縄です。

沖縄は国内のリゾート地として有名で

綺麗なビーチでマリンスポーツを楽しめます。

さらに子供が喜ぶ「美ら海水族館」もあるので

人気の観光スポットです。

2018年の旅行先の人気スポット【第2位】

■北海道

北海道はスケールの大きな大自然があり、

子供に人気の「旭山動物園」もあります。

暑さも本州ほどではなく、

アクティビティも豊富なので家族でレジャーを楽しむには絶好のスポットです。

 

2018年の旅行先の人気スポット【第3位】

■屋久島

屋久島は世界自然遺産にも登録される自然が豊かな場所で、

癒しを求めて旅行する方が増えています。

リバーカヤックなどの大自然を体感できるアクティビティもあるので、

日頃の疲れを癒したい方やリフレッシュしたい方に人気です。

 
 

 

このように2018年のお盆休みは最大9連休になる方もいるようですが、

多くの方は6連休なので旅行は海外というよりも国内旅行が需要が多そうです。

そしてやはり長期休暇ということで週末だけでは満喫しきれない遠方に旅行する方が多いようです。

 

ま と め

2018年のお盆休みは「山の日」もあることから大抵の方は6連休、

長い方は9連休になりそうです。

せっかくの長期休暇を旅行に利用しない手はありません。

旅行に行くなら早割を利用するとかなりお得になるので、

今のうちにお盆休みの旅行の予定を立ててみてはいかがでしょうか。

お花見2018年【関西】大阪の桜の名所ランキングと穴場スポットを紹介!

春が近づいてくると気温が温かくなるので、お出かけがしたくなります。

そして春のお出かけというと、最初にイメージするのが「お花見」ではないでしょうか。

咲き乱れる桜色の花びらは美しく、そんなに花に興味のない方でも関心が高くなってしまいます。

そんなお花見に適した【関西】大阪の桜の名所ランキングをご紹介します。

また、人混みが苦手という方には穴場スポットもご紹介したいと思います。

綺麗な桜をゆっくり見たいという時の参考にしてください。




スポンサードリンク
 


関西【大阪】桜の名所―ランキング1

お花見 関西 桜 名所 ランキング 穴場

■大阪城公園


大阪の桜の名所として人気なのはやはり大阪城公園です。

大阪城を中心とした公園で、重要文化財に囲まれている西の丸庭園にはソメイヨシノを中心とした桜が約300本あります。

桜越しに見える大阪城は美しく、花見スポットとして人気があります。

また、公園内には売店や公衆トイレもあるので、安心してお花見ができます。

また、シーズンになると夜桜鑑賞もできます。

西の丸庭園は花見の時期になると入園料が350円かかりますが、

綺麗な桜と大阪城を一緒に見たいという方にはおすすめのスポットです。

開花時期は3月下旬から4月中旬です。

住  所: 大阪府大阪市中央区大阪城2

アクセス: 

・地下鉄谷町線 「天満橋」駅3番出口南東へ徒歩15分
・地下鉄谷町線「谷町四丁目」駅9番出口北東へ徒歩15分
・地下鉄中央・長堀鶴見緑地線「森ノ宮」駅1番出口北西へ徒歩15分
・JR大阪環状線「森ノ宮」駅北西へ徒歩15分
・JR大阪環状線「大阪城公園」駅西へ徒歩15分
・京阪電車「天満橋」駅南東へ徒歩20分

関西【大阪】桜の名所―ランキング2

お花見 関西 桜 名所 ランキング 穴場

■大阪造幣局

そして大阪の桜の名所として有名なのが造幣局の桜並木です。

こちらは桜の中でもボリュームのある八重桜なので、見応えがあります。

開花時期は他の桜より遅めなので、他の桜が見終わる頃に満開の桜が見れる頃合いになります。

わずか560mの通りに約350本の八重桜があり、満開になる頃には通りがピンク色に染まります。

通り道なのでシートを敷いてゆっくり見るお花見はできませんが、無料で桜が咲き誇る通りを歩けます。

通り抜けができる時期は毎年3月の中旬に造幣局のHPにアップされます。

綺麗な八重桜を見に行きたいという方はチェックしておくことをおすすめします。

住  所: 大阪市北区天満1-1-79

アクセス: 

 

・地下鉄谷町線・京阪本線「天満橋」駅(2号出口)下車徒歩約15分
・JR東西線「大阪天満宮」駅(JR2号出口)下車徒歩約15分
・JR東西線「大阪城北詰」駅(3号出口)下車徒歩約15分






スポンサードリンク
 


関西【大阪】桜の名所―ランキング3

お花見 関西 桜 名所 ランキング 穴場

 万博記念公園

万博記念公園というと、「太陽の塔」があることで有名ですが、

実は「日本の桜の名所100選」に選ばれるほどの桜の名所です。

ソメイヨシノを始めとする山桜、枝垂れ桜など9種類の桜が約5500本あり、それらが咲き誇る様子は圧巻です。

トイレや売店もあるので、レジャーシートやお弁当を持ってゆっくりとお花見を楽しめます。

こちらは入園料は大人は250円子供は70円かかりますが、

その分、見応えのある桜を鑑賞できます。

シーズン中は夜間のライトアップもあるので、早めに仕事を終えて夕方から見に行くのもおすすめです。

住  所: 大阪府吹田市千里万博公園1−1

アクセス:  大阪モノレール「万博記念公園駅」下車徒歩7分




関西【大阪】桜の名所―ランキング4

■毛馬桜ノ宮公園

こちらは大川沿いに約4.2kmの桜並木がある公園です。

ソメイヨシノや山桜

サトザクラなどが4800本あり、

24時間解放されているのでいつでも好きなだけ桜を見ることができます

無料スポットなので桜の季節になると大人気の名所ですが、

人混みが苦手という方は水上バスから桜を見ることもできます

夜もライトアップされて水辺の桜を鑑賞できるので、

桜好きはもちろん幻想的な景色が好きという方にもおすすめのスポットです。

住  所: 大阪府大阪市北区天満 他

アクセス: 

・JR「桜ノ宮」駅、「大阪城北詰」駅から徒歩すぐ

・地下鉄谷町線、京阪本線天満橋駅下車徒歩約5分



関西【大阪】桜の名所―ランキング5

弘川寺

こちらは平安時代の歌人・西行の墓所があるお寺です。

西行は桜を使った歌を数多く作りましたが、

その一つ

「願わくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」を書いた頃に、

歌の通りに生涯を終えました。

ソメイヨシノなどの桜が1500本あり、桜の名所として有名です。

そしてこちらには「すやさくら」という見事な枝垂れ桜があります。

歴史を感じながら桜を楽しみたいという方におすすめです。

住  所: 大阪府南河内郡河南町弘川43

アクセス: 近鉄長野線「富田林駅」より金剛バスに乗り換えて「河内」バス停下車 徒歩3分




関西【大阪】桜の穴場スポット!

どんなに綺麗な桜が見たくても、あまり混んでいるところに足を運びたくない、

静かに桜鑑賞をしたいという方もいますよね。

そんな方におすすめの穴場スポットがあります。

そちらもいくつかご紹介します。

お花見 関西 桜 名所 ランキング 穴場

■天保山公園


桜の名所公園というと大阪城公園や万博記念公園をイメージしますが、

天保山公園にも160本のソメイヨシノがあります。

桜の花越しにみえる観覧車も風情があります。

入園は無料で、シーズン中には

ライトアップされるので天保山周辺に来た時にはおすすめのスポットです。

住  所: 大阪府大阪市港区築港3-2

アクセス: 地下鉄「大阪港駅」より徒歩7分




■永楽ダム

永楽ダム周辺には整備されたハイキングコースがありますが、

湖畔に約1000本の桜があります。

散策しながらお花見を楽しみたい方にはおすすめです。

そして桜の開花時期になると永楽桜まつりも開かれるので、

お祭り気分も味わえます。

住  所: 大阪府泉南郡熊取町久保2921

アクセス: JR阪和線熊取駅から南海バスつばさが丘北口行きで20分、成合口下車、徒歩20分






スポンサードリンク
 


■星田妙見宮

星田妙見宮から星田神社までの

妙見川の両岸に300本の桜があり、

満開の時期になるとピンク色の桜のトンネルができます。

こちらは公野八景にも指定された桜の名所で、

シーズン中は屋台も出ます。

あまり混んでいるところに行きたくないという方には早朝に行くことをおすすめします。

住  所: 大阪府交野市星田9-60-1 

アクセス: JR学研都市線「星田駅」より徒歩20分


ま と め

このように大阪には桜の名所がたくさんあります。

新しい出会いがたくさんある季節に、気分を一新するなら綺麗な桜をのんびり見てリフレッシュするのもいいかもしれませんね。

また、穴場スポットならメジャースポットよりも人も少ないので、

早朝の時間帯などを選んで見に行くと、朝方の幻想的な桜の風景を見れるかもしれません。

せっかくの桜の季節なので、みんなでワイワイ鑑賞したり、

一人でゆっくり鑑賞したりと自分に合ったお花見ができるといいですね。

節分の豆まきはいつ行う?正しい撒き方や福は内の豆はどうするの?

節分といえば豆まきですが、いつ行うのか時間は決まっているのでしょうか?

正しい節分の豆の撒き方や「福は内!」と撒いたの豆はどうするのがいいのでしょうか?

豆まきについての正しい方法など撒き方の決まりなどを見ていきたいと思います。




スポンサードリンク
 

節分の豆まきの正しい方法は?

豆まきは通常は

鬼が入ってくるという家の出入口などで撒きますね。

どういった方法でまくのか本来の何かきまりのようなものはあるのでしょうか?

豆まきは、厄災を追い払い、新年を迎える

意味をもった行事です。

「鬼は人の出入するところから家の中に入ってくるので、

玄関や窓、家中の入り口から「鬼は外!」と言いながら外に向かって炒り豆」を撒く

内側そして家の内側に向けて「福は内!」と言いながら撒いていく。

といったことが

大まかな決まりです。

地方によってさまざまなところもありますが、

一例としては神聖なものとして

1.夕方、灯りを付けて、豆を炒って神仏祖先にお供え

2.それから歳徳神様の方位に向かって豆を撒いて、福を迎える

3.今度は歳徳神様の方位に背いて豆を撒き、鬼を追いかける

といったような豆まきの方法があります。

 

現在はそこまで細かくご家庭でされていないかもしれませんが、できれば

鬼門の北東から

南東⇒

南西⇒

北西

の順番に豆を撒いていくといいですね。

こういった方法で

一度、邪気を追い払い、新年を迎える

といった意味合いを意識した

豆まきをしてみてはいかがでしょうか?

節分 豆まき いつ行う 正しい撒き方 福は内の豆はどうする

節分の豆まきをする人は?




スポンサードリンク

では豆まきをする人はどんな人と決まっているのでしょうか?

節分の豆まきは本来は家長の役目でした。

また、年男、年女、厄年の人が豆まきをするといった場合もあります。

それは、

その年の干支に生まれた男女が豆をまくことで、

厄を払う力が強くなると言われていたからです。

厄年の人が撒く場合は

その厄年の人の厄が落とせるという意味があります。

そういったことから昔は

家長もしくは

年男、

年女、

厄年の人

が豆まきをしていたようです。

現代では関係なく、子供や親、家族全員で豆を撒いて楽しんでいますよね。

むしろ

子供のイベントといったことのようにもなっています。

しかし、本来はそうだったものでは無かったのですね。

節分 豆まき いつ行う 正しい撒き方 福は内の豆はどうする
 

節分の豆まきをする時間帯は?

「節分」の豆まきをする時間帯なども決まってあるのでしょうか?

実はそれもありました。

節分の豆まきは

「夕暮れ時~夜にかけての時間」

とされています。

理由のひとつは、

節分の日は

夜になると恐ろしい妖怪の類いがやって来る日なので、

昼間から夜になる夕暮れ時の

時間帯から鬼などもやってくるのに合わせて

豆まきをするといったことです。

 

 

豆まきを、夕暮れ時から夜の時間帯に撒く理由は他にもあるようです。

「鬼」は疫病、災害、邪気の象徴でした。

鬼は

丑寅の方角に当たる北東に棲むと言われます。

この北東は、鬼門の方角ですね。

丑寅は時間にすると

深夜2~4時ことです。

そこから鬼が夜に出るとされているわけですね。

鬼門=北東=丑寅

といったことです。

鬼は丑(牛)のような鋭い角に、

寅のような大きな牙というイメージがあってとても恐れられていました。

そんな鬼が真夜中の丑寅の2時から明け方の4時頃出てくると

いいましたが、こんな時間に豆まきといったことは

なかなか現実的でないですね。

ですのでこの丑寅の刻に限定せず、

夜になると鬼が出てくので

夕方から豆まきをするとようにと

言われるようになっているのですね。

これらのことから

節分の豆まきは夕暮れ時といった夜になる直前から夜の時間

といったことを

意識してみるといいですね。

私はこれを知らず、ずっと昼間に行っていました(笑)。

 

■節分の豆まきの豆は炒ったものをつかうのは何故?




スポンサードリンク

よく、

「節分の豆は、炒った豆を使わなくてはいけない!」

と言いますが、それはなぜなのでしょうか。

「豆から芽が出てしまうと、

天からまた鬼がやってくる」

と考えられていたからなのです。

ですので、再び鬼が来ないよう

豆はよく炒った豆を使ういったことが必須なのです。

 

 

■「福は内」で撒いたあとの豆はどうするの?

その炒った豆を「福は内」と撒きいたあとの豆はどうするのがいいのでしょうか?

豆まきが終わると、そのあと

自分の齢の数、もしくは数え年に

1個足した数を食べます。

そうすることで、

その年は健康でいられると言われています。

その食す豆は、撒いた後の豆ではなく、

別にとっておいた豆を食べるといったことも

されるかと思いますが、

ばらまいた豆を食べることも、

鬼を退治する意味になるんですね。

ですので、家の中に向けて「福は内!」と撒いた豆は

衛生上問題のないところにあるような豆は

できれば食べるといいですね。

もちろん食べすぎには注意しましょう。

また、小さなお子さんの場合は無理して食べさせずとも、

別のもので代用して行ってみてください。

昔の家とは違って、決まりどおりには出来ない事情があったりします。

まわりの方の話でも、

室内犬が食べてしまわないように落花生の殻ごと投げると言ってる人もいました。

 

ま と め

節分の豆まきはいつ行うのかや正しい撒き方や福は内の豆はどうするのかなどをお伝えしました。

豆まきには、炒った大豆を使い、その年のえと生まれの年男や一家の主人がまくのが一般的でした。

豆まきにはなぜ炒った豆を使うのかは、「生の豆だと、拾い忘れた場合に芽が出ると縁起が悪い」

また「炒る」が「射る」に通じるなどの説もあるようです。

その炒り豆はできれば食べることも鬼を退治することになるようでした。

そんなそれぞれ意味がある豆まきですが、今の家では豆まきをした後の掃除の心配も頭に浮かんでしまって思いっきり撒くことも躊躇したりしてしまいますね。

新聞を丸めて豆に見立てて豆まきを行う幼稚園などもあるので、

自分に合った形でできるといいですね。

節分だけではなく年間の行事も含めて大切にしたいですね。

節分の由来やいつからかの歴史を簡単に!豆まきする本当の意味とは?

節分といえば、2月の最初にある日本の季節の風習ですね。

「節分」は日本人にとって昔からとても大切にされてきた行事なのです。

そもそも節分というのはどういった由来があるのでしょうか?

いつからかはじまったのかや節分の歴史を簡単にお伝えするとともに鬼に豆を投げる、豆まきをする本当の意味とは等をお伝えします。

 




スポンサードリンク
 

節分の由来とは?

■節分の由来とは?本来、季節の変わり目の事だった!

節分は現在、「立春」の前日の事です。

ですので、通常2月3日や2月4日になります。

しかし、

元を辿ってみると、

節分は

「節分かれ(せちわかれ)」ともいい、

文字通り季節の分かれ目のことを意味していました。

ですので

立春、

立夏、

立秋、

立冬、

これらの前日がもとはみんな「節分」だったのです。

また、

一般にはこの「春夏秋冬」の4つが季節の分かれ目

と言われていますが、

その他にも、

彼岸、

八十八夜、

入梅、

土用、

端午の節句、

七夕、

中元等

全てが節分とされていたのです。

このように広い意味で季節の分け目だった

「節分」が、

いつのころか

立春」(の前日)に限ってを言うようになりました。

ではなぜそのように変わっていったのかや節分の

歴史をみていきます。

節分 由来 いつから 歴史 簡単 豆まきする 意味
 

節分の歴史

■節分は大晦日だった?

立春の節分のみが何故残ったのか?

現在日本では明治維新後から

採用された新暦(太陽暦)を使ってます。

ですので今の新年は1月1日が一年のスタートです。

しかし昔は、

一年の始まりは春からスタートする

と考えられていました。

ですので、先にあげた

さまざまな節分の中でも、春の始まり

「立春」は、

他の節目とは少し違って特別なものでした。

ですので、たくさんあった節分の中でも

「立春」の前日の節分のみが残り

人々の意識に根付いたのですね。

 

節分は大晦日のようなもの?




スポンサードリンク
このように昔の日本人にとって春は、

一年の始まり

その

「立春」の前日の「節分」

大晦日と同等に思い、

「節分」の夜には邪気を払い身を清め、

それから新しい年を迎えようとしていたようです。

一年のはじまりとともにある春の節分は、

立春の前日が大晦日のような感覚だったのではないでしょうか。

このような春の特別感は、

現代で言う新年度である4月の存在に近いものがあるのでしょうか?

 

それはどうかはともかく、そのような歴史をみると

節分は現在でも大晦日と同じような

特別感をもって迎えるようにしてもいいかもしれませんね。

 

立春と旧正月は同じではない!

ちなみに「立春」と「旧正月」は同じ日ではありません。

日本では立春や旧正月を祝うといったことはそれほど意識されない方も多いですが、

今でも中国をはじめアジアの国々では、

日本でいう旧暦のお正月の方を盛大に祝いますね。

先ほど言った明治維新前のお正月(旧正月)は、

「立春」あたりにあります。

 

ですので「立春」と「旧正月」は同じと勘違いしやすいのですが違うのですね。

簡単に言うと

「立春」は、

二十四節気の第一節気といったことからの

一年の始まりをいい、

「旧正月」は、

旧暦の冬至の日から2回目の新月が上がる日を中国での旧正月で新年の始まりとしています。

ですので基本的には、

「立春」と「旧正月」はイコールではないのです。

ただ、日が重なるときもあります。

その時は、

「朔旦立春」呼ばれ、貴重な日のためか大変縁起のいい日とされています。

ちなみに2038年に「立春」と「旧正月」は同じ日になるそうです。

 

 

■節分に何故鬼なのか?




スポンサードリンク

では何故、節分に鬼を追い払うのでしょうか。

これには、

節分には鬼(邪気)を払って、新しい年を迎えるといった意味があります。

歴史をみると

中世では大晦日

ご先祖様の霊がこの世に訪ねてくる晩と言われていました。

また、

昼は福の神

夜には妖怪(山の神)

もまた同じように訪ねてくるのです。

新年を迎える前夜はこのように

不思議な力を秘めていると考えられていたのです。

そんな大晦日には、

陰陽師達によって

「追儺(ついな)」という儀礼がなされていました。

これは、中国の
目に見えない疫鬼を追い払うという儀礼です。

この追儺が日本に伝わってきて、

仏教の行事に取り込まれました。

仏教の追儺の儀礼を仏教では「修正会」、「修二会」といいます。

それが伝わり、追儺の儀礼は、

平安時代には厄災を追い払い、新年を迎える宮中行事としておこなわれていました。

 

そういった追儺のようなものが庶民にもひろまったのは、

室町時代以降のようです。

旧暦ではお正月(元旦)と節分の日が近かったといいましたが、

そういったことから、

本来は大晦日に行われていた

この追儺が節分に行われるようになったのだといわれています。

それが

民間にも広く知れ渡るにつれて

節分の鬼を追い払うといったことの

風習に定着していったのですね。

だだ、そもそもの

追儺がどういう内容のものだったのか等も諸説あります。

ですので、地域によりいろいろな方法の

「節分のお祭り」が行われているといったことの理由でもあります。
地方に言い伝え続けられたさまざま「節分祭り」の特徴によって現代でもさまざまなことを感じることが出来そうです。

節分 由来 いつから 歴史 簡単 豆まきする 意味

節分に豆まきする本当の意味とは?

そういった「節分」ですが、まず思いつくのが

「鬼は外、福は内」と言って豆をまく風習ですね。

節分の歴史で追儺などから特別な日である節分と鬼のが結びついた

といわれているといいましたが、

追儺という儀礼では、豆を撒いてはいませんでした。
追儺では豆をまくのでは無く、別の方法で鬼を払ったのです。

追儺と節分の豆まきは本来別々のものだったのですね。

では何故、節分に豆をまくようになったでしょうか?

豆をまくといった風習は、

庶民に広まって行ったころから行われるようになったようです。

追儺の儀礼が、民間で行われるにつれて、

追儺の儀式の

「魔の目を打つ」、

「魔を滅する」

といったことを

穀物には邪気を払う力があると考えられていたことなどといったことに結びつき、

豆の霊力で邪気を払うという意味もこめ

豆で打ち鬼の目を潰して魔滅する

豆をまいて鬼を追い払う

といったことつながっていったようです。

また、

豆=まめ=丈夫で元気

勤勉といった意味からも

豆がつかわれているようです。

 

昔から豆は貴重な作物だった為に、

霊気が宿るとされていたのですね。
そもそも豆を撒くというのももとは中国にある風習でした。

日本にも既に「散米(うちまき)」といって、

米を撒いて悪霊を払う方法があったので、

豆を撒くのも受け入れやすかったようです。

 

ま と め

節分というのは、そもそもなんなのか。

節分の由来や節分はいつから根付いたものなのかや歴史を簡単にみていきました。

また、何故鬼が登場したのかや豆まきする本当の意味とはなども調べてみました。

旧暦での一年の始まりの前日の節分の日にさまざまな思いを込めて続けられてきた大切な行事であるなということがあらためてわかりました。

そういった意味もお話ししながらお子様と節分の豆まきをやってみるといいですね。

節分の日2018年はいつと恵方はどの方角?何をするのかや恵方巻の由来!

1月も半ばすぎころから少しずつ、例えば保育園や幼稚園で鬼のお面を作ったなんて話を聞くことが出てくるかもしれません。
また、コンビニの前を通る時に、恵方巻きの予約の広告をよく目にしだします。

そうです!

そろそろ節分の季節が訪れますね。

2018年の節分の日はいつかや恵方はどの方角?

また、結局、節分の日には何をするのかや恵方巻の由来等をお伝えします!



スポンサードリンク
 

 

2018年の節分や恵方はいつ?どこの方角なの?

節分の日 2018年 いつ 恵方 方角 何をする 恵方巻 由来

■2018年の節分の日は?

2018年の節分の日は、

2月3日土曜日です。

節分は「2月2日~2月4日頃」

と表記されているのを目にしますね。

2月3日と決まっているのではないの?

と思ってる方もおられるかと思います。

しかし、節分の日は、毎年必ずこの日だと決まってはいないのです。

 

■節分の日とは?日付が違うのはなぜ?

いわゆる節分は

『立春の前日』にあたります。

立春というのは、

暦上で春の始まりの日です。
そして昔は

一年の始まりの日

とも言われていました。

立春の日は、

地球と太陽の位置関係に基づいて

日付が決まります

太陽の

視黄径というものが、315度の時

の日を指します。

それが2月4日~5日になるのです。

天体の動きに従っていますから、

ですので、

その年によって日付けが変わる事があるのです。

この立春の日の前日が節分ですから、

毎年2月3日とは限らないのですね。

 

■2024年からの節分の日は2月2日?




スポンサードリンク
 

因みに、

節分の「2月3日」なのは、

2024年頃まで

と言われています。

未来については計算に基づいて予測する事しか出来ないのですが、

それ以降は2月2日になると言われています。

 

■恵方とはどのようにして決まるのか?

節分と言えば近年では

恵方巻を食べるという習わしが根付いていますが、

この恵方もまたその年によって変わるのです。

恵方とは?

恵方とは

とても縁起のいい

その年の方角で、

一年の福徳を司る歳徳神様(年神様とも言う)の居られる方角の事なのです。

そしてその恵方の方角は、

その年の

十干(じっかん)という

古代中国の殷で発生した数詩で、

時間と空間をあらわすのに使用されていたもの

甲 (こう)・乙(おつ)・

丙(へい)・丁(てい)・

戊(ぼ)・己(き)・

庚(こう)・辛(しん)・

壬(じん)・癸(き)・

といった暦によって決まります。

 

■2018年の恵方の方角は?

2018年は、です。

ですので恵方の方角は、

「南南東」です!

 

南南東ってどっちだっけ・・・?

なんて、恵方巻を前にしながら悩みそうですね。

今は恵方コンパスなるアプリもあるという、

便利な世の中になりました。

でもそのお陰で、古くから伝わる習俗を行えるのだと思うと、

それもまた面白いですね。

 

節分にはなにをするの?

節分の日 2018年 いつ 恵方 方角 何をする 恵方巻 由来
節分の日になにをするのかですが、

一般家庭でされている節分の内容としては、

1.柊いわし(やいかがし)を飾る

2.「鬼は外」、「福は内」の掛け声と共にを撒く。

※鬼役の人が居れば鬼役にぶつけながら追いかける。

3.撒いた豆を年の数だけ、もしくは年の数に1つ足した数だけ食べて、無病息災を祈る。

4.恵方を向いて恵方巻を無言で休まずに食べ、商売繁盛、無病息災を祈る

といったようなことがあります。
といっても

家庭によってそれぞれでやっている事やっていない事がありますよね。

私自身、「やいかがし」といったものを見たことがありません。

また、恵方巻も数年前まで知りませんでしたので節分の日に

「巻きずし」を食べなくてはと思ったこともありませんでした。

 

 

恵方巻の由来と具材!




スポンサードリンク
 

恵方巻は、

縁起のいいとされる七福神がその由来のひとつ

となっています。

ですので、

恵方巻=太巻き寿司は、

具材は7種類

というのが本来のかたちです。

知っていましたか?

これもあまり意識して食べている方は少ないかと思います。

しかしそこにとらわれずに美味しくいただくのも良いですね。

今はイチゴの入ったものまであるとか。

実は恵方巻を食べるという風習は、

とても新しいものです。

そもそもの古くからある節分の行いの中にはありませんでした

その由来は、諸説あり定説はありませんが、

大阪のお寿司屋さんがはじめたことのようです。

また、全国的に「恵方巻」と言われるようになったのは、

コンビニのセブン―イレブンが1989年ころより

大阪に節分に太巻きずしを食べる風習があったのをとりあげ

徐々に全国的に広がっていったといったことです。

今では誰もが知ってる伝統的な行事の中のひとつになりつつありますね!

 

ま と め

節分の日2018年

2月3日は土曜日ですので

ご家族揃って行えそうですね!

恵方は南南東の方角です。

節分の日に何をするかも紹介しましたが、全部おこなわなくても

現代に合わせ、出来る所だけ出来る形で行うのだけでもいいですし、

姿を消しつつある「やいかがし」を2018年は思い切って

作ってみるのもいいかもしれません。

また、今年の節分の日には、恵方巻の由来から7種の好きな具材を用意して

たのしみなかがらフォトジェニックな巻きずしをつくって食べるのもいいですね!

「節分」という、立春の前日である節目のこの日に、

福を呼びこんで、鬼(邪気)を払って身を清め、

恵方である南南東を向いて恵方巻きを食べ、

それぞれの形で家族の無病息災を祈るようにしましょう。

【二十四節気】日付と季節の一覧表!七十二候・八節・二至二分とは?

二十四節気(にじゅうしせっき)は、日本の四季を感じるためにとても大切な節気です。

日付の目安と季節の一覧表と歴史や計算方法や

七十二候(ななじゅうにこう)、八節(はっせつ)、二至二分(にしにぶん)とはもお伝えしたいと思います。




スポンサードリンク
 

 

二十四節気と七十二候・八節とは?

■二十四節気(にじゅうしせっき)とは?

二十四節気(にじゅうしせつき)とは、簡単に言うと

1年を24分割して定めた季節を表す名称のことです。

24のそれぞれの季節は、だいだい15日間隔です。

旧暦をつかっているころから季節の目安として使われてきたのが、二十四節気です。

二十四節気は月の運行とは関係なく、太陽の動きをもとに作られています。

それらに季節を表す名称がつけられています。

■八節(はっせつ)とは?

冬至と夏至でまず一年を二等分し、さらに春分と秋分で一年を分けて四等分になります。

これを二至二分(にしにぶん)といいます。

この四つの中心を更に立春、立夏、立秋、立冬「四立」で四等分して

八等分されたものが「八節」です。

これら重要な中気である「夏至」、「冬至」の二至、「春分」、「秋分」の二分は

併せて「二至二分(にしにぶん)」と言います。

そして、重要な節気である「立春」、「立夏」、「立秋」、「立冬」を「四立(しりゅう)」と言います。

二至二分と四立を併せて八節(はっせつ)です。

「八節」は、およそ四十五日間です。

■七十二候(ななじゅうにこう)とは?




スポンサードリンク

「八節」を更に三等分していくと一節が約十五日間の二十四節気になります。

それぞれの節気をさらに三等分して五日間にしたのが七十二候ですね。

 

 

二十四節気の歴史とどうやって計算されて決まるのか?

二十四節気の歴史は、中国にあります。

中国の戦国時代の頃に、太陰暦による季節のずれをただして、季節を春夏秋冬の四等区分にするために考案された区分手法のひとつです。

一年を12の「節気」12の「中気」に分類され、「節気」と「中気」が交互に配されて24に分けられています。

地球は太陽の周りを一年かけて一周しますね。
地球が公転軌道のどこにあるかで現在の季節がきまります。
一年を24等分するのに当初は冬至を計算の起点にして、約15日ごとに分割(時間分割法)されいました。

しかし、地球の軌道は円ではなく楕円であることから、太陽の黄道上での運行速度は一定ではないので季節を正確に分けるのには適していない方法であった。

そこで、黄道を春分点を起点とする15度ずつの24分点に分け、太陽がこの点を通過する時を二十四節気とすることなりました。

これの計算方法は、定気法または空間分割法という。

※中国では清朝の時憲暦から、日本では天保暦からこの方法

この公転の軌道360度を24等分するたと約15度なのですが、

一年は365日ですので、24等分すると15日では5日足りません。

± 一日 程度の誤差を年によって調整していくことになります。

ですので、二十四節気は何日ごろといったことで日にちが確定していません。

ちなみに、太陽黄経が30の倍数であるものを「中気」、そうではないものを「節気」「正節」といいます。

太陰太陽暦においては月名を決定し、季節とのずれを調整するための指標として使われています。

このように太陽と地球の位置の関係から決められている二十四節気の季節区分は年によって多少の日にちの誤差はあっても、気温や天気など季節の特色としてはずれない指標となるのですね。

二十四節気・七十二候の四季

暦は最初「太陰暦」からはじまりましたこれは、暦の日付と季節が少しずれをおこすものでした。

そのずれをなくすために中国ではじまったのが二十四節気です。

太陽の動きに合わせて24等分された二十四節気は季節の変化をとらえその目安となるので農耕や毎日の生活にかかせないものでした。

今は、太陽暦をつかって気候の違いによって四季を分けています。

今の四季と二十四節気でいう四季は少しずれがあります。

【春の暦】二十四節気

■啓蟄(けいちつ) 

・3月6日頃

冬の間に潜っていた虫たちが、地面に這い出してくることです。

 

■春分(しゅんぶん)

・3月21日頃

暦では春の真ん中の日です。

昼と夜の時間がほぼ同じで間西に日が沈みます。

春彼岸の中日です。

 

■清明 (せいめい) 

・4月5日頃

万物みな春になり、陽気がよくなってきます。

みんなが清らかにイキイキとしてくる時季です。

 

■穀雨(こくう)  

・4月20日頃

春の温かい雨が、百穀を潤す季節です。

菜種梅雨といって長雨が続くころです。

 

■立夏 (りっか) 

・5月5日頃

暦の上では夏が始まります、

さわやかな風が吹き、青空と木々の若葉が美しいころです。

 

■小満 (しょうまん) 

・5月21日頃

なにもかもが成長して天地に満ち始めるころの意味があります。

気温も上がり花も咲き誇ります。

【夏の暦】二十四節気




スポンサードリンク

■芒種(ぼうしゅ)  

・6月6日頃

「芒種」とはノギのある稲のムギの穀物のことです。

昔の田植えの時期にあたります。

 

■夏至(げし) 

・6月21日頃

暦では夏の真ん中の日で、日照時間が最も長い日です。

梅雨のまっさかりの時期です。


■小暑 (しょうしょ)

・7月7日頃

梅雨明けが近いころで、暑さがましてきます。

この節気から暑中にはいります。

ですので暑中見舞いを出し始める時期になります。


■大暑 (たいしょ) 

・7月23日頃

一年中でもっとも気温の高い時期です。

暑さも最高なころですが、この節気で暦の夏はおわりです。


■立秋 (りっしゅう)

・8月7日頃

暦では秋が始まりますが、実際はまだ真夏の暑さは続きます。

その暑さは残暑と言われます。

ですのでこの時期からは暑中見舞いが残暑見舞いに切り替えないといけません。


■処暑(しょしょ) 

・8月23日頃

暑さが収まるという意味の節気です。

日によっては秋を感じさせる風が吹くこともでてくるころです。

 

【秋の暦】二十四節気

■白露(はくろ) 

・9月8日頃

草の葉に宿る露に秋を感じさせられる季節です。

セキレイが鳴き、ツバメが去る。


■秋分 (しゅうぶん)

・9月23日頃

昼夜の長さがほぼ等しくなる日、秋の真ん中の日です。

この日から夜が長くなり、気候も本格的に秋らしくなってきます。


■寒露 (かんろ) 

・10月8日頃

草露も冷えて秋の深まりを感じられます。

山野では高いほうから順に紅葉が始まる。


■霜降(そうこう) 

・10月23日頃

空気が冷えてきて霜が降り始めることです。

秋も末にさしかかり、どこか物寂しい季節です。


■立冬(りっとう) 

・11月7日頃

この日から暦では冬です。

寒さへの準備をしはじめます。

時雨が降り、北国では初冠雪といったころです。


■小雪(しょうせつ) 

・11月22日頃

雪まだ大ならず、寒さもそれほどではないが冬がすぐそこまで

やってきているといったころです。

 

【冬の暦】二十四節気




スポンサードリンク
 

■大雪 (たいせつ) 

・12月7日頃

高い山は雪に覆われだし、平地でも北風がふきはじめるころです。

冬将軍も登場のニュースが流れ始めます。


■冬至(とうじ) 

・12月22日頃

一年でもっとも昼が短く、夜が長い時季です。

冬の中間点でこれから寒さも厳しくなります。

 

■小寒(しょうかん)

・1月5日頃

この日から寒の入りになります。

寒さも本格的になり、寒風、降雪に悩まされる日々に入っていきます。

寒中見舞いを出す時期でもあります。


■大寒(だいかん)

・1月20日頃

寒さが最も厳しくなる寒さが絶頂の時季です。

霜も氷も年間でもっとも厳しい、忍耐を要します。

 

■立春(りっしゅん)

・2月4日頃

暦では、この日から春になります。

この前日が節分になり、一年の始めともされます。

気温は、徐々に上昇に向かっていきます。

 

■雨水(うすい) 

・2月19日頃

雪が解けて雨が降り、草木が目を覚ましだすころです。

農耕の準備をはじめる目安の季節です。

ま と め

二十四節気の日付の目安と季節の一覧表や七十二候・八節・二至二分の意味とはをお伝えしました。

日本は四季がありそれぞれの美しさがあります。

季節の目安とし昔から使われていた二十四節気は、日本人にとってなくてはならないものですね。

冬至や夏至、春分、秋分など二至二分は、今でもよく使われるので、意識されることも多いと思いますが、そのほかの二十四節気もひとつひとつの意味を知って四季をたのしみ生活を豊かにするためにも使ってみてくださいね。

【お正月】箸袋に名前を書くのは何故?いつまで使うべきかと処分方法

お正月にはそれぞれに箸袋を用意して祝い箸でお節などをいただきます。

小さい時からお正月には、家族全員、またお正月にあつまる親戚の名前の書かれた箸袋が用意されていました。

祝い箸は箸の箸袋の寸法はちゃんと決まっているといったことを知っていましたか?

また、お正月の祝い箸の箸袋に名前を書くのは何故でしょうか?
そんな昔からある風習であるお正月の祝い箸や箸袋に関しての疑問やいつまで使うべきかや処分方法をお伝えします。




スポンサードリンク
 

【お正月】祝い箸について

お正月のお節を頂くときなどは、慶事用の「祝い箸」というお箸を使いますね。

祝い箸の寸法はちゃんと決まっているといったことを知っていましたか?

実は、祝い箸の長さは縁起がいい八寸なのです。

八寸は約24cmになります。

 

お正月に使われる「祝い箸」は、両方の先端が細くなっています。

その形状から「両口箸」とも呼ばれます。

「両口箸」は、何故そのような形状になっているのかというと

一方は神様用

もう一方を人が使うため

こういった両方が細くなっているのです。

『神人共食』を意味しているのです。

おせち料理は年神様へご馳走をお供えして、それを下げたものを人がいただくものです。

そういった新年を祝い、一年間の恩恵を授かる意味から

年神様と食事を共にするといった理由があり「両口箸」を使うのですね。

ですので、

両方とも使えるからといって、ひっくり返して取り箸にしたりする絶対にしてはいけないことです。

片方は神様の使われるのですからタブーな行為にあたるのです。

祝い箸の材質は、大切なお箸が折れたりするのを忌み嫌うために、

丈夫で折れにくい「柳の木」が使われています。

それには、柳は、春一番に芽吹くおめでたい木であること

水で清められた神聖な木とされているといった意味もあります。

そのため、祝い箸は「柳箸」ともいわれます。

また、「俵箸」と呼ばれるのは、五穀豊穣を願って米俵を模し、中ほどが太めにできているからです。

そして、「はらみ箸」と呼んで子孫繁栄を表したり、「太箸(たいばし)」と呼ばれることもあります。

お正月
 

【お正月】箸袋に名前を書くのは何故?




スポンサードリンク

そんなお正月の祝い箸の箸袋には家族それぞれの名前がかかれていませんでしたか?

お正月の箸袋に名前を書くのは、実は名前を書くのは家長の仕事です。

何故各自の名前を書くのかですが、

先ほどいったように正月の祝箸は、「両口箸」で神様と人が同じお箸の両端を使うものでした。

そうした、年神様と食事を共に食すといった「両口箸」を自分で使用したあとに、

自分自身で清めて箸袋に収めるといったことをするのが本来のしまい方です。

清めるというのは洗うといったことです。

そういったことから清めたそのあとに

それぞれの箸袋に名前を書かれたものにしっかりと収め直し、

またそのお箸を使うといったことからも名前は必要なものであったのです。

 

お正月の箸袋に何故「海山」?

箸袋に各自の名前が書かれたものほかに「海山」と書かれた箸袋を用意されているのは何故

と思ったことはありませんか?

このお箸は、「取り箸」としてみんなで使います。

これには、

『海の幸、山の幸に恵まれますように』

という意味があります。

そういった願いを込めて取り箸の箸袋に海山と書くのですね。

この「海山」と書くのは、地域によって違うみたでなかには、

「蓬莱山」、

「宝船」、

「組重」

と書くところもあるそうです。

お正月の箸袋はいつまで使う?




スポンサードリンク
 

そのお正月の祝箸は、いつまで使うのかというと

元旦から1月7日です。

いわゆる松の内の期間の間ですね。

また現在は、元旦から1月3日の三が日の間

といったことにもなってきています。

 

「名前の書かれた箸袋」・「祝い箸」の処分方法

では、その使用したあとの名前の書かれた箸袋と祝箸の処分はどいうしたらいいのでしょうか。

「使い終わったらそのまま捨ててしまうのでしょ。」

といった方も多いかと思いますが、

祝箸と箸袋はそのまま捨てるのではなく、

どんどん焼きの日に正月のお飾りなどと一緒に焚き上げるというのが

ほんとうの処分方法です。

とはいっても最近はどんどん焼きなどといったこともなかなか身近になく、

処分方法に困ってしまいますね。

その時は、近くの神社に持って行ったり

もしくは、

ゴミとして処分するときも白い布や紙に清め塩とともに包んで

感謝の気持ちとともに捨てるようにしましょう。

ま と め

昔は、お正月の祝い箸は、大晦日に家長が家族の名前をそれぞれの箸袋に記入する家庭が多くありました。

そして、箸を入れて神棚に供えておくのが習わしだったのです。

その祝い箸を元旦から、自分で清めながら、松の内は、各自の同じ箸を使ったのですね。

最近は、美しい箸袋に入った祝い箸もいろいろ市販されています。

そういった年神様ととも二といった意味のある祝い箸を

ご自身できれいな和紙や千代紙などを使って箸袋を自分で手作りしても楽しまれるのもいいですね。

じつはそんな意味があったんだと思いつつよいお正月を迎えてくださいね。

【お正月】一月の日本の伝統行事を紹介!初詣から二十日正月まで

「お正月」の行事は、初詣からはじあまって二十日正月までにさまざまな行事が目白押しです。

年の初めの一月のさまざまな日本の伝統行事をご紹介していきたいと思います。




スポンサードリンク
 

 

一月一日

■初詣(はつもうで)

「初詣」は、年が明けてから初めて神社や寺院などに参拝する行事です。

一年の感謝を捧げたり、新年の無事と平安を祈願したりします。

「初参、初参り(はつまいり)」ともいいます。

初詣の対象は「神社」、「寺院」のいずれでもかまわないとされています。

一月一日だけでなく、一般的には、正月三が日に参拝するのを初詣といっています。

また、一月中に参拝することも初詣とする考え方もあります。

一月二日

■初夢

「初夢」は、正月の二日の夜に見る夢です。

夢の内容でその年の運勢を占います。

昔からいい夢とされているのは、

「一富士二鷹三茄子(いちふじにたかさんなすび)」

ですね!

枕の下に宝の船のを敷いて寝るといい夢が見られるとも言われています。

その宝船の絵には、もともと

「なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな」

※長き夜の 遠の睡ねむりの 皆目醒めざめ 波乗り船の 音の良きかな

といった「回文(前から読んでも後ろから読んでも同じになる)」の和歌が書かれてありました。

 

 

■書き初め

「書き初め」は、新年はじめてする書のことです。

ですのでおめでたい詩句を選んで書きます。

かの書初めの紙をとっておいて、14日のどんど焼きでお炊き上げします。

この時に燃えさしが高く上がるほど、筆が上達するといわれています。

■初荷・船起こし

「初荷」は、新年はじめての荷や荷物を運ぶことです。

もともと商い初めの商品を、問屋や商店などが、美しく飾った車や馬で取引先に送り出すことでした。

「船起こし」は、新年になってはじめて船を出すことです。

ともに年が明けて二日の日に行われることとなっていました。

一月六日

■出初め式

各地の消防団が行う初演習のことを「出初め式」といいます。

出初め式の起源は江戸時代の火消による出初(でぞめ)、初出(はつで)です。

それが今は消防吏員、消防団員などの消防関係者によって行われています。

江戸時代から明治時代にかけては1月4日に行われていましたが、現代では1月6日の開催が恒例となっています。
出初式では、

一斉放水、避難救助などの消防演習、梯子乗り、木遣り歌など伝統技能の披露などが行われ、華やかで勇ましい姿を見学にたくさんの人が見学に行きます。
お正月

一月七日




スポンサードリンク
 

■七草粥(ななくさがゆ)

「七草粥」は一月七日の朝に春のななくさを刻み込んだお粥を食べる風習です。

これには、

・邪気を祓い万病を防ごうといったこと

・お正月でごちそうを食べ疲れ胃を休ませる

といった意味があります。

昔は、七草を刻むときに

『七草なずな、唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ(届かぬ)先に・・・』

といった囃し唄をうたいながら刻んだそうです。

この歌は作物を荒らす鳥追い払う「鳥追い」という農事の豊作の願いであるそうです。

一月十一日

■鏡開き

「鏡開き(かがみびらき)」は、「鏡割り(かがみわり)」ともいわれ、神様におそなえしてあった鏡餅をおろして神仏に感謝し、無病息災などを祈って食べるお祝いの日です。

一般的には、年神(歳神)へのお供えが松の内(1月7日)に終わったあとの1月11日に行われます。

※土日祝日などにより異なる場合もあり。

御鏡のお餅は刃物で切らずに手や槌で割ります

これが開くといった開運につながる行事になっています。

かき餅にするとおいしいですね!

一月十四日~十五日

■左義長(さぎちょう、三毬杖)

「左義長」は、「トンド」、「どんど焼き」ともいいます。

小正月に行われる火祭りの行事です。

地方によって呼び方が異なりますが、日本全国で広く見られる習俗です。

一年の厄災をこの火を焚いて祓っておくといった意味のお祭りです。

お正月の松飾やしめ飾り、書初めもこの日に焚きあげます。

神様をお迎えした松を神聖な火で炊くことには神送りの意味もあります。

昔は、この火で豆やお餅を焼いてその焼き具合でその年の天候や運勢を占ったりしたそうです。

また、ミズキの枝にお団子をつけてどんど焼きの火で焼いて食べると一年中病気をしないともいわれます。

お正月

一月十五(十四日~十六日)

■小正月(こしょうがつ)

「小正月」は、正月十五日の行事です。

元日、三が日を「大正月」というのに対して「小正月」と呼ばれます。

関西では、小正月までを松の内といいますが、

松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で「女正月」ともいうそうです。

期間は、

十四日から十六日までの三日間、

十四日の日没から十五日の日没まで、

望(満月)の日、または、元日から十五日までの十五日間

とも小正月とされることもあるようです。
本来旧暦ですが、明治の改暦後は新暦の1月15日、

2000年からは成人の日が1月の第2月曜日に行われることから

その日に行われることもあります。
年神様や先祖を迎える行事を行うのが「大正月」

それに対して、

「小正月」は家庭的な行事を行う正月です。

飾りつけも、「大正月」の門松のように大々的な外の飾りつけではなく、

「小正月」には家の中に飾り物をするが場合が多いです。

柳やヌルデ、ニワトコ、クルミなどの木を薄く削って花のような飾りをしたりしたため、

「花正月」とも言われます。

この「小正月」の朝には、鏡開きのお餅を入れた小豆粥を食べます。

小豆の赤で邪気を祓います。

この小豆粥で豊凶や運勢も占ったといいます。

一月十六日

■藪入り(やぶいり)

「藪入り」とは、商家などに住み込み奉公していた丁稚や女中など奉公人が実家へと帰ることのできた休日です。

昔は、奉公人がやすめたのはお正月とお盆の年ニ回でした。

この日は、御主人に衣類やお小遣いをもらって里帰りしたり、遊びにでかけたりしたようです。

一月二十日

■二十日正月

「二十日正月」はこの日をもってお正月は、一区切りといった大きな節目の日です。

赤飯やお団子を食べたり、残りのお正月料理をすべてお粥にして食べたりしたそうです。

正月の行事を締めくくる日なのですね。

正月用の年お肴(さかな)をすべて食べ尽くすことから、「骨正月」とも呼ばれています。

成木責め、鳥追い、モグラ打ちなどもこの日にしたそうです。

ま と め

お正月のさまざまな行事をお伝えしました。

日本は、昔から一年中いろいろな行事がありますが、一年のはじまりの一月にはとくに日本の伝統行事が目白押しです。

初詣から二十日正月までざっと紹介しましたが、今では意識することも少なくなったお正月の行事もあるかとは思います。

しかし、やはり日本人としてこのような意味があってこんな行事があったんだといったといったご参考になればうれしいです。

 

年越しそばを食べる時間とタイミングや由来は?うどんではない理由

12月31日新年をむかえる最後の日に、「年越しそば」を食べないとやはりなんだかやり残した感のある方は多いですよね。

とにかく、日本の12月31日はお蕎麦屋さんが毎年大忙しです。

でも何故大晦日にお蕎麦を食べるようになったのでしょうか?

また、年越しそばを食べる時間とタイミングはいつが正解なのでしょうか?

うどんではなく、お蕎麦を食べる理由や歴史や幸せを呼ぶお蕎麦の具材もみていきたいと思いますね!

 




スポンサードリンク
 

 

年越しそば(晦日)そばの由来と意味は?

では一年の締めくくりに食べる「年越しみそか蕎麦」の由来を見ていきたいと思います。

それから2016年頃のインターネットのアンケートでもなんと8割ほどの人が、大晦日にお蕎麦を食べる

といった結果があるように思った以上に日本人に定着しているのが「年越しそば」です。

 

■年越しそばの由来!みそかそばは毎月あった?

年越しそば(晦日そば)といった風習が日本に定着したのは江戸時代といわれています。

晦日というのは、毎月の月末の意味です。

ですので、晦日そばといったのは、毎月月末にお蕎麦を食べることです。

毎月末にお蕎麦を食べる習慣が商家にあったのだということなのです。

それがいわゆる「晦日(みそか)そば」だったのです。

その晦日そばのうち

一年の最後月の最後の日の「大晦日(おおみそか)」の日に「晦日そば」を食べる習慣だけが、年越し蕎麦として残った

のだそうです。

そして、一般にも広がり、いつしか毎月食べる「晦日そば」は、忘れられてしまったのですね。

 

 

■「年越しそば」に込められた意味

その「年越しそば」の意味は諸説あります。

 

一番言われるのが、

「一年の厄を断ち切る」という意味と願いを込めて「年越しそば」食べるといった説です。
 
そばは食べている最中に切れやすい食べ物です。

このことから

「今年一年の悪いものを断ち切る」という意味があるようです。

悪いものは断ち切って新年を迎えるといったのはなるほどですね。

あとは、

蕎麦が細長い食べ物であることから細く長く生きられますようにと

「健康・長寿」を願うという意味もあります。

 

このようなものもあります。

「金運」です。

何故と思うかもしれませんが、江戸時代には金細工師がちらばった金粉を集めるのに、
そば粉を団子状にしたものを使っていたこそうです。

そのことから、そばで金を集められる、

「金運上昇」の意味も込められているのです。

「今年一年の悪いものを断ち切って健康に長寿」で「金運上昇」をむかえるといったことであればやはり年越しそばは縁起物として外せない食べ物だといったことですね!

 

年越しそばを食べる時間とタイミング




スポンサードリンク

では、そんな最強に縁起がいい年越しそばは大晦日のいつ頃、何時に年越しそばを食べるのがベストのタイミングなのでしょうか?

いつも食べるタイミングに悩みます。

年越しといった言葉ですので、やはり12月31日大晦日が終わる直前11時50分ごろから12時を超えるあたりを狙って食べたりもしたこともあります・・・・。
 
ただ、年越しそばといっても食べる何時ごろに食べたらいいのかや食べるタイミングでは厳密には決まっていないのです。
 
年越しそばを食べる理由のひとつとして、この一年の「厄を断ち切る」意味を込めることからも

お昼よりも夜に食べる方がよいとはいわれています。

なので夕食代わりに食べる人も多いです。

ただ、今年の夜はちょっと無理であるというのであればお昼でもいいのではないでしょうか。
 
もちろん、日付が変わる直前に除夜の鐘を聞きながら軽く食べなおすというのもOKです。

ただ、やはり年が明けてから年越しそばを食べるというのはよくないといわれています。

ですので、できれば12時を超えないように食べきりましょう。

今までここは間違って食べていました。

何故12時をこえてはいけないかというと年が明けてからも食べていると、
 
「金運」や「健康運」に恵まれない年
になるというのです。

これは大変ですね!

また、食べ残しもよくないようです。

ですので、年越しそばといっても超す前にちゃんと食べきるように気をつけましょう!

 
 
 

年越しそばの具の意味!「幸運」運ぶ具材は?

ここまで、年越しそばをみてくると具材にも縁起をかつぎたいもものです。

年越しそばの具材で「幸運」を運んでくれるのは何がよいのでしょうか?

大晦日の百貨店やスーパーなどにも年越しそばと具材が山盛りにして販売されていますね。

「年越しそば」の具で一番多いのは、

やっぱり、「海老の天ぷら」ですね。

あとは「にしん」や「きつね(あぶらあげ)」ですね。

これらはどれもちゃんと縁起のいい意味があります。
 
「えび」は「腰が曲がるまで長生きできる」といった「長寿」の意味を持っています。

おせちにも海老は必須ですね。

「にしん」は、「二親(にしん)」といった漢字があてられ、「子宝に恵まれる」縁起物とされています。

京都名物ですので、関西の方はニシンそばを年越しそばにされる方もおおいですね。

「きつね(油揚げ)」は神様の遣いであるお稲荷さんですので、「金運」「商売繁盛」によい食べ物とされています。

また、添え物のおネギも意味があります。

「ねぎ」「労をねぎらう」といった年越しそばにはぴったりの意味があるのです。

 

■晦日そばは何故うどんでなくおそばなのか?

なぜ「みそかそば」といって年越しに食べるのはお蕎麦に限定されているのでしょうか?

大晦日、年越しに食べるのは一般的にはお蕎麦とされていますが、地方によっては蕎麦ではなく、うどんを食べたりするところや、蕎麦は元旦に食べるというところもあるようです。
 
一般にお蕎麦が選ばれている理由や由来には諸説あります。
 
そばは食べている最中に切れやすいので「一年の厄を断ち切る」という意味と願いを込めて「年越しそば」食べるといった説、や金をとるさいに使うことからの「金運」といったことは、うどんでは少し違うのかもしれませんが、「長寿」の細く長くといった意味などではうどんでもいいようなところもあります。

ほかにうどんではなくお蕎麦でなければというのはこういった意味があります。

昔から、日本では蕎麦は、人に幸せを運ぶ食べものだと考えられてきたからです。
 
「蕎麦を食べると幸せになれる」という縁起ものといったことなのです。
 
縁起とは「前触れ」のことで「蕎麦」は「幸せ」の前触れですので一年を迎えるときに「蕎麦」を食べて来年も「幸せ」が訪れますようにといった思いが込められているようです。

 

お蕎麦の歴史




スポンサードリンク

では、お蕎麦の歴史を見ていきたいと思います。
 
 

■何故お蕎麦と幸運が結びついたのか?

では何故、お蕎麦と幸運が結びついたのでしょうか?

日本の歴史にお蕎麦といったことばが登場するのは、養老6年(722)年に発せられた元正(げんしょう)天皇の詔(みことのり)にまでさかのぼります。
 
そこで元正天皇は、

「今年の夏は雨が少なくて稲の実りが悪いので、蕎麦や大麦、小麦を植えて、飢饉に備えなさい。」

とといったことがいわれてたのです。

大麦や小麦の前に蕎麦が出てきています。
 
お蕎麦は初めて歴史に登場したそのときから、飢えに直面した人々を救済する役割を担った食べ物だったのですね。
 
そのように人々が困難に直面したとき、蕎麦が助けてくれたという出来事が、長い歴史の中で何度も繰り返されてきたからなのでしょう。

こうして、お蕎麦は、飢えから救ってくれるすごい食べ物であるといったようなことから

お蕎麦が人に幸せをもたらすという考え方がされるようになったですね。

 

お蕎麦は、年に3回も収穫できる!

そのようにお蕎麦は昔から、危機をすくうものとしての認識だったのですが、それを更に進化させた提案をしたのが、

江戸後期の蘭学者、高野長英でした。

高野長英は、1836年(天保7年)に著した「救荒二物考」の中で、播種してから約50日で熟して、一年に3回収穫できる早熟な蕎麦について詳しく記しています。

お米などは一年に一回か地方によって二毛作ができるところがあるぐらいです。

一年に3度収穫できるというのは画期的です。

これが書かれたのは、天保の大飢饉の真っ最中だったようです。

冷害や長雨などの異常気象が続いて作物が実らず、飢餓で村が全滅するような惨状が日本各地に広がっていました

ですのでお蕎麦が年に3回できるといったことはそんな中どれだけ人々にとってありがたい情報だったかと思うと

お蕎麦が特別な食べ物だといったことが想像できますね。

高野長英は、蕎麦を栽培して、備蓄しておけば、食料に余裕ができ、大きな飢饉になっても対応できる

蕎麦が飢饉に困窮する人々を救う切り札とつかえる!

「天下の宝である」と記しています。

 

ま と め

年越しそばを食べる時間とタイミングと由来とおすすめの晦日そばの具材や年越し蕎麦がうどんではない理由などをみていきました。

よく食べられている具材にもやはり縁起がいい意味がそれぞれあったのですね。

また、うどんでない理由として蕎麦は飢饉からも人を守ってきた歴史もあったありがたい食べものだったのですね。
 
このようなに蕎麦と日本人との特殊な関係が根底にあり、蕎麦を食べると幸せになれるという考え方もあったのですね。

なんとなく食べなきゃとおもっていた年越しそばもこのように歴史や由来をみていくとやはり一年の締めくくりと新年を気持ちよく迎えるために「年越しそば」は食べなきゃいけないなとあらためて思いました。

そもそもお蕎麦は、おいしいですしね。

そもそも「晦日そば」は毎月末に食べる風習もあったようですが、年末だけでなく月末にお蕎麦を食べて運を運んでもらうというのものもいいですね。

年越しそばのを食べるタイミングは12時を超えないように新しい歳を気持ちよく迎えるようにしたいですね。